貴方の音が聞こえる。
傷アリのレモンがたくさん手に入ったので、蘭丸がご機嫌で煮ている。鼻歌に釣られ、台所まで駆けてその背に抱きついた。
「うお、っぶねぇな!そういうのは火止めてからやれ」
「じゃあ今すぐ止めて。ねえ美味しくできた? 食べていい? 」
腕を解いて蘭丸の横に並びミルクパンを覗き込む。短いため息、ガスコンロがカチリと鳴った。
「さっき味見た、なかなか良いぜ」
もったりと粘度をもった黄金色から、レモンとバターの香り。
「あ、ねえ、ほっぺ。どうやったらそこにつくの?」
笑って蘭丸の横顔を指さす。
頬でひかるレモンカード。こちらを見つめるローズシロップが少し何か考えていた。
「ん」
体をこちらに寄せ、頬を差し出される。
随分甘えるのが上手くなった。言うと拗ねるだろうけれど。
少し背伸びして、雪色の肌に中指を伸ばして掬う。
新雪に触れる緊張感に似ていた。
頬から指を離さないうちに、蘭丸がこちらを向いて私の指をぱくんと咥えた。あたたかな粘膜。ぞわり。
指の腹についたレモンカードをぺろりと舐めてから、舌が上下に蠢いて、ぢゅ、と吸われた。
レモンの酸味で分泌された蘭丸の唾液がじゅわり、溢れて指先に絡む。
「んめ」
そう言って私を解放しようとした口に、人差し指も突っ込んでやる。反射的に閉じかけた口は、私の指をやわく噛んだところでまた薄く開いた。いいこ、そんな風に舌を軽く撫でる。
蘭丸の喉の奥から、ゔぅ、獣の唸り。
快も不快も表すその音を、私は気に入っている。
溜まってきた唾液を蘭丸が嚥下すると、狭くなる口腔いっぱいに指がぎゅうと押し付けられた。
また弛緩した舌の感触をしばらくなぞる、タップするように触れて弾力を確かめる。呆れてはいるが、明確な拒否は返ってこない。むしろ時折漏れ出る唸り声は、顎を撫で上げられた猫の声色を含み始めた。
ふと見上げると得意げに細められた目がきらりと光っている。なに、と私が口に出すより先に蘭丸の舌が硬度を持って、私の指の間を割っていく。味蕾が側面を通り過ぎる感触、舌先が指の股を舐めた。
「くすぐったい」
くすくす笑いが溢れた、舌を二本指で軽く挟んでやる。む、と顰められた眉、厚い舌が逃げるように動くけれど、狭い口内に逃げ場はない。くちゅりと掻き回すようにすれば、大人しく元の位置に収まって好きなようにさせてくれる。
形の良い鼻から呆れたように漏れ出たため息が、唾液に濡れたところにかかってひやりとした。
また蘭丸の喉がぐるると鳴って、せめてもの抵抗みたいに舌先で皮膚の薄いところを舐られる。
それぞれの指先で左右の奥歯をぞろりと撫で、舌の付け根までゆっくり押し込んでいく。
この奥に私の好きな音を生む場所があって、それは私以外の誰をも魅了する歌声の在処でもある。そこに触れたくて、でも、それから、そこを、この手で。
苦しそうなくぐもり、嘔吐反射を堪えるように蘭丸の喉がごくんと鳴った。飲みきれなかった蘭丸の唾液が指を伝って手のひらをてろてろ濡らす。
手首を掴まれ、ゆっくり蘭丸の口から引き抜かれた。げほ、と軽く咽せた蘭丸、外の空気に久しぶりに晒された指が冷たい。ピースをしたら指先を繋いだ銀糸が蛍光灯にひかって、蘭丸がちょっと顔を顰めたのが良かった。
「ったくもういいだろ。満足か?」
舌つった、なんて言って、べ、と出して見せた。
「蘭丸は満足?」
「あ?」
「チューする?」
「して欲しいの間違いだろ」
「お願いしますの間違いでしょ」
「言ってろ」
「ふふ」
足が疲れたことに気づいて背伸びをやめた。蘭丸が少し屈んで、手首をそのまま引き寄せられる。身長差が埋まっていく時間が好きだ。
握られた手首が脈打っているのを感じる。蘭丸もきっと掌でそのリズムを感じてくれているはずで、私も彼の音楽なのだと思う。
ゆっくりと降りてくる呼吸、同じ酸素を共有して、唇が触れ合った。
さっきまで触れていた口内を舌でなぞり直す。追いかけてきた蘭丸の舌はまだ動きがぎこちなくて愛おしかった。
もうレモンの味はしない。まだ触れ合っていない部分を探すみたいに、角度を変えながら何度も口づける。
色違いの優しい光と目が合った。
蘭丸は眩しい、だからキスの時は目を開ける。この眩しさがいつか私の目を潰すまで、身も心も焦げついていく私を、美しくて強い光を、私自身で見つめたい。
唇が離れる直前、蘭丸の薄い下唇を軽く噛んで引っ張った。噛まれて白くなった箇所が解放されて、薄く色を取り戻していく。
正しく巡る血液、あたたかさのひとつの正体。
「蘭丸」
「おう」
「蘭丸、」
「なんだよ」
「らん、っん、」
「ん、なに、」
「ま、ぅ、ん……っ」
ちゅ、ちゅ、名前、呼ぶたびに食べられる。好きって言わなくても、言われなくても、良いんだって気づく。
「らんまる、」
ふ、と一瞬息を整えた蘭丸に、ぎゅうと抱きしめられた。触れ合う頬、温度の違う肉体、大きな手が私の背と腰を抱き寄せた。囁くように、でもちゃんと蘭丸の音を乗せて、彼が言葉を落とす。
「幸せだな」
「うん」
頬の感触が少しだけ変わって、蘭丸が笑ったんだとわかった。あたたかくて、蘭丸の匂いがする。
幸せのこと、たくさん蘭丸に教えてもらった。
傷アリのレモンがたくさん手に入ったので、蘭丸がご機嫌で煮ている。鼻歌に釣られ、台所まで駆けてその背に抱きついた。
「うお、っぶねぇな!そういうのは火止めてからやれ」
「じゃあ今すぐ止めて。ねえ美味しくできた? 食べていい? 」
腕を解いて蘭丸の横に並びミルクパンを覗き込む。短いため息、ガスコンロがカチリと鳴った。
「さっき味見た、なかなか良いぜ」
もったりと粘度をもった黄金色から、レモンとバターの香り。
「あ、ねえ、ほっぺ。どうやったらそこにつくの?」
笑って蘭丸の横顔を指さす。
頬でひかるレモンカード。こちらを見つめるローズシロップが少し何か考えていた。
「ん」
体をこちらに寄せ、頬を差し出される。
随分甘えるのが上手くなった。言うと拗ねるだろうけれど。
少し背伸びして、雪色の肌に中指を伸ばして掬う。
新雪に触れる緊張感に似ていた。
頬から指を離さないうちに、蘭丸がこちらを向いて私の指をぱくんと咥えた。あたたかな粘膜。ぞわり。
指の腹についたレモンカードをぺろりと舐めてから、舌が上下に蠢いて、ぢゅ、と吸われた。
レモンの酸味で分泌された蘭丸の唾液がじゅわり、溢れて指先に絡む。
「んめ」
そう言って私を解放しようとした口に、人差し指も突っ込んでやる。反射的に閉じかけた口は、私の指をやわく噛んだところでまた薄く開いた。いいこ、そんな風に舌を軽く撫でる。
蘭丸の喉の奥から、ゔぅ、獣の唸り。
快も不快も表すその音を、私は気に入っている。
溜まってきた唾液を蘭丸が嚥下すると、狭くなる口腔いっぱいに指がぎゅうと押し付けられた。
また弛緩した舌の感触をしばらくなぞる、タップするように触れて弾力を確かめる。呆れてはいるが、明確な拒否は返ってこない。むしろ時折漏れ出る唸り声は、顎を撫で上げられた猫の声色を含み始めた。
ふと見上げると得意げに細められた目がきらりと光っている。なに、と私が口に出すより先に蘭丸の舌が硬度を持って、私の指の間を割っていく。味蕾が側面を通り過ぎる感触、舌先が指の股を舐めた。
「くすぐったい」
くすくす笑いが溢れた、舌を二本指で軽く挟んでやる。む、と顰められた眉、厚い舌が逃げるように動くけれど、狭い口内に逃げ場はない。くちゅりと掻き回すようにすれば、大人しく元の位置に収まって好きなようにさせてくれる。
形の良い鼻から呆れたように漏れ出たため息が、唾液に濡れたところにかかってひやりとした。
また蘭丸の喉がぐるると鳴って、せめてもの抵抗みたいに舌先で皮膚の薄いところを舐られる。
それぞれの指先で左右の奥歯をぞろりと撫で、舌の付け根までゆっくり押し込んでいく。
この奥に私の好きな音を生む場所があって、それは私以外の誰をも魅了する歌声の在処でもある。そこに触れたくて、でも、それから、そこを、この手で。
苦しそうなくぐもり、嘔吐反射を堪えるように蘭丸の喉がごくんと鳴った。飲みきれなかった蘭丸の唾液が指を伝って手のひらをてろてろ濡らす。
手首を掴まれ、ゆっくり蘭丸の口から引き抜かれた。げほ、と軽く咽せた蘭丸、外の空気に久しぶりに晒された指が冷たい。ピースをしたら指先を繋いだ銀糸が蛍光灯にひかって、蘭丸がちょっと顔を顰めたのが良かった。
「ったくもういいだろ。満足か?」
舌つった、なんて言って、べ、と出して見せた。
「蘭丸は満足?」
「あ?」
「チューする?」
「して欲しいの間違いだろ」
「お願いしますの間違いでしょ」
「言ってろ」
「ふふ」
足が疲れたことに気づいて背伸びをやめた。蘭丸が少し屈んで、手首をそのまま引き寄せられる。身長差が埋まっていく時間が好きだ。
握られた手首が脈打っているのを感じる。蘭丸もきっと掌でそのリズムを感じてくれているはずで、私も彼の音楽なのだと思う。
ゆっくりと降りてくる呼吸、同じ酸素を共有して、唇が触れ合った。
さっきまで触れていた口内を舌でなぞり直す。追いかけてきた蘭丸の舌はまだ動きがぎこちなくて愛おしかった。
もうレモンの味はしない。まだ触れ合っていない部分を探すみたいに、角度を変えながら何度も口づける。
色違いの優しい光と目が合った。
蘭丸は眩しい、だからキスの時は目を開ける。この眩しさがいつか私の目を潰すまで、身も心も焦げついていく私を、美しくて強い光を、私自身で見つめたい。
唇が離れる直前、蘭丸の薄い下唇を軽く噛んで引っ張った。噛まれて白くなった箇所が解放されて、薄く色を取り戻していく。
正しく巡る血液、あたたかさのひとつの正体。
「蘭丸」
「おう」
「蘭丸、」
「なんだよ」
「らん、っん、」
「ん、なに、」
「ま、ぅ、ん……っ」
ちゅ、ちゅ、名前、呼ぶたびに食べられる。好きって言わなくても、言われなくても、良いんだって気づく。
「らんまる、」
ふ、と一瞬息を整えた蘭丸に、ぎゅうと抱きしめられた。触れ合う頬、温度の違う肉体、大きな手が私の背と腰を抱き寄せた。囁くように、でもちゃんと蘭丸の音を乗せて、彼が言葉を落とす。
「幸せだな」
「うん」
頬の感触が少しだけ変わって、蘭丸が笑ったんだとわかった。あたたかくて、蘭丸の匂いがする。
幸せのこと、たくさん蘭丸に教えてもらった。
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