彼の腕に抱かれるのが好きだ。
乾いた大きな手のひら、しなやかに体にまわされるリーチの長い腕、優しくそっと、でもしっかりと強く抱きしめられる。
愛してくれている、そう信じられる。

「寂しくなるわ。」
ごろごろと手荷物カートが行き来する音の響く国際空港、私は国光のコートの端をきゅっと握った。
「すぐに会える。」
「テレビ越しに?」
「そうだな」
ふっと口元をゆるめた国光が、不機嫌にぷくりと膨れた私の頬を撫でる。
「私は国光を見られるけれど、国光は私を見られないわ。」
ドイツでテニスのプロ選手として活躍する国光と日本で共に過ごせる時間は短い。今回の帰国だってたったの2週間だった。ドイツへ戻ってすぐに大きな大会がある。次に国光の姿を見られるのはその生中継だ。
「次はいつ帰ってくるの?」
「わかったらすぐに連絡する。」
うん、と声に出さずに頷いて国光の胸に顔を埋めた。壁にかかった大きな時計が見えたから。女々しいと思う。昨晩の優しいキスの温もりを思い出して涙がこぼれそうになった。肩をそっと押して顔を覗き込んだ国光が私の体を抱きよせて言う。
「1人にはしない。」
大丈夫だ、私の頭を包んでいる大きな左手があやすように動く。そんなに不安そうな顔をしていただろうか、口下手な国光が珍しい。
「約束よ。」
「ああ、何が起きてもだ。」
私も国光の背に手を回して力を込める。2人なら永遠になれる。そう思う。きっと国光も思ってる。私にはわかる。
「さぁ、もう行かなくちゃ。」
ぱっと顔をあげて国光の腕からするりと抜けてトランクを引っ張り上げた。ほらほら、と国光の背を押す。
「行ってらっしゃい」
にこりと笑って手を振る。真面目な顔をした国光が荷物から手をはなして、もう一度私を抱きしめた。この腕に抱かれるのはまたずっと先になる。暖かい、愛を噛みしめた。
「行ってきます」
力のこもった優しい腕を解いた国光がゲートへ向かって歩き出す。その後ろ姿が見えなくなる。


手塚国光を乗せた飛行機が墜落した。
帰宅後につけたテレビは、海のど真ん中に浮かぶ白い飛行機の欠片と、生存者を探す捜索隊の様子をヘリコプターの生中継で伝えていた。世界一流のプロテニスプレーヤーを乗せていた飛行機の墜落とあって、どの局もこの中継画面に切り替わった。

数日後、奇跡的に国光の遺体があがった。
顔に損傷は少なく美しくて安らかで、両腕はなかった。
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