目の前で渦を巻くような炎に包まれているのは、この家に来て1番に買ったベッド。決して大きくない2人用のベッド、細かいお花の装飾の施されたクローゼットにテーブル、彼の作った木彫りの椅子、彼がずっとずっと大切にしていた分厚い植物図鑑、蔵ノ介が口をきけなくなった2年前から願掛けみたいに育てていた瑠璃唐綿。
全部燃える、私たちが愛した小さな村の大きな広場の真ん中で。敷き詰められた古いタイルの上に、焦げた薬草が落ちてちりちりと身を踊らせる。
どうして。
私はぎゅっと蔵ノ介を抱く手に力を込めた。私たちの全てを燃やし尽くそうとしている炎の音をかき消すほどに、まわりを取り囲んだ人々が口々に何か叫んでいる。
蔵ノ介、私たちきっとこれから一緒になれるよ、蔵ノ介が何も言えなくて大丈夫、寂しくない。そっと彼に唇を寄せ、いつものような優しいキスをした。
「愛には恐れがない。完全な愛は恐れを締め出す……」
私は唱える。彼の愛した言葉を、聖句になった彼を。蔵ノ介、私もう恐くないよ。今度こそ一緒よ、ねぇ、蔵ノ介。
怒号と共に男の手が私と蔵ノ介を引き剥がし、蔵ノ介が火の中へ放り込まれる。ぱちぱち音をたてて燃え始めた彼を追うように、私は自ら炎にもぐりこんだ。あぁ、ずっと一緒よ、私たちに恐れなどなく、あるのは完全な愛だけ。蔵ノ介、そうね、ずっと一緒…。





「ねぇ聞いた?隣村で魔女狩りがあったって」
「あぁ、薬屋の女でしょう」
「やっぱり魔女だったのね」
「気味が悪かったものね、ぶつぶつと」
「恋人の名前なんかで呼んで…」
「なあに、どういうこと?」
「なんでもね、2年前に婚約者を亡くしてからずっとよ、聖書に話しかけていたらしいのよ」
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。