私はもう歩道の縁石や高い花壇のブロック塀の上を歩かなくなったし、階段を二段飛ばしで駆け上がったり、ボウルの底に残った生クリームを掬い上げて舐めとることも、裸足で草を踏んだりバッタを見つけて捕まえたりもしない。
大人になっちゃったのかも。
きっとそうなんだ、突然寂しくなって、洗っていたお気に入りのお皿をガチャンと床に落とした。大切にしていたのに。
誰かに叱って欲しかった。


宍戸亮と出会って気がついた。私はまだ子どもだった。大人じゃなかった、まだ私は大人になりきっていなかったんだ。
私が縁石にぴょんと乗れば「危ないぞ」なんて言って肩に掴まるように側に来てくれたし(そう言ってくれるのがわかったから私は縁石に飛び乗ることができた!)私に困ったように笑ってくれるから、学校で見かければ階段なんて何段でもすっ飛ばして駆けていった。宍戸くんの驚く顔が見たくて草むらのバッタを追いかけて手に閉じ込めたし、宍戸くんに「こらっ」なんて小突かれたくて、わざとお行儀悪くボウルに残ったクリームを指で掬って舐めた。真夜中に2人でこっそり出かけたり、並んで自転車を漕いだり、行き先を決めないで電車に乗ったりした。良いことも間違ったこともたくさんして、私は人生の正しい生き方を少しわかった。
それから私は大切なものを壊した。大切にしているものをいとも簡単に壊してしまえるのは子供だけだ。壊してから大切だったと気づいて、私たちは大人になっていく…聞き飽きた話だと思う。
でも私はこのおかげで確実に大人になってしまったんだ。
大人にならなきゃいけなかったんだ。
そう教えてくれたのは他でもない、私が愛してやまない彼。


私はもう歩道の縁石や高い花壇のブロックの上を歩かなくなったし、階段を二段飛ばしで駆け上がったり、ボウルの底に残った生クリームを掬い上げて舐めとることも、裸足で草を踏んだりバッタを見つけて捕まえたりしない。
そして私は恋を知って愛を知って、その結末も知った。
大人になったんだ。
そう気付いてしまって、私は悲しくなった。大人になんてなりたくなかった。
大人になっちゃった。
1人で生きていかなきゃいけないんだ、
1人で生きていけちゃうんだ。
誰も私を叱らないし、正しく生きることを教えない。その事実があまりに悲しくて、洗っているお気に入りのマグカップを思いっきり割りたくなった。もう誰も叱らないから、もう誰も私を気にかけないから、何も壊せなくなった。
私は、大人だ。大切なものは壊さない方がいい、壊してから大切だと気づくのはつらい。世界の生き方がわかってしまった。

身を以て教えてくれた冷蔵庫の中の宍戸くんを、今日こそ食べようと思う。
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