この人は知っている。
石にも花にも魂があることを知っている。彼はそれを信じている。嘘か本当か確かめようもないことを、彼は信じている。いや、きっとどちらでも構わないのだ。彼が信じれば、彼の世界ではそれが真理になるのだから。嘘と本当をツギハギにして作った世界はさぞかし楽しかろう。一度覗いてみたいものだ。

もうきっと2年前のこと、私はいつものように小高い丘の上で一人きりでいて、彼はふらりとやってきて隣に腰かけた。ここに人が来ることは格別珍しいことでもなかったが、突然話しかけられたのには流石に驚いた、今日は風が強いのう、とか、そんなことだったと思う。
「今日からよろしく頼むぜよ」
なんて微笑まれてしまい、固まっていると、丘の下から「おい仁王、部活行くぞ!」と声がかかった。
ニオウと呼ばれた青年は奇妙な返事をして(交流を深めていくうちにわかったが、この変な音は彼の口癖であった 未だに理解し難い)またふらりと帰って行く。このやりとりを小鳥も目をパチクリとさせて見ていた。

それから彼は毎日ここへ来る。お昼を食べたり、ただお喋りに来たり…私が喋らないぶん彼がたくさんの事を教えてくれた。部活の話が多かった。とても良い友人やライバルに恵まれているようだ、あまり感情的に喋ることはないが、本気で楽しんでいることがわかる。私も嬉しくて身を震わせた。
明日から合宿で会いに来れないだとか、雨が降りそうだとか、サナダがうるさいとか、よお、とだけ挨拶して何も言わない日もあったし(また明日、とは必ず言った)私に寄りかかって眠るようにもなった。
「細っこいのう…折れそうじゃ」
なんて言いながら初めて彼が私に体をもたれさせた時の嬉しさといったら!信じ難いことに、この私が、そう、私は恋をした。不思議な青年に、仁王に恋をした!


そんな風にだんだんと仲良く(?)なっていったある日のこと。
「今年も綺麗に咲いたのう」
目を細めてたくさん咲いた花を見上げる。まるで人間にするように仁王が私を指先でなぞり、幹に顔を寄せた。ほうっと熱い吐息を感じ、静かに彼の唇が触れる。私は初めてキスをした。すき、声に出さず吐く息がそう言っているのがわかって、私も応えようと葉を目一杯広げた。
「そういや、お前さんの名を知らんのう」
まぁいいか、おまんはおまんじゃけぇの、くすくす笑って頰をぴたりと私の幹に付け、私の枝の先に咲いた花を優しく撫でる。仁王は私の春だと思った。
仁王、私の名前はライラック。私はライラックの樹木、春に紫の花をつける。






【WBGM:ポカホンタスより/color of the wind】
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