何を呪えば幸せになれるだろう。

彼女はころころとLINEのアイコンを変える人だった。今だって、最近まで出先で見つけたらしいお花の写真だった丸枠の中身は私の知らない女友達との楽しげなプリクラに変わっている。私なしの笑顔。
この枠で私も笑っていた時間もあったんだって、だから何になるだろう。
私のいない世界で生きる幸せな姿が見たくなくて本名で登録していないインスタグラムとツイッター。そんな努力も虚しく、彼女と繋がる唯一のツールが胸を刺してくる。その道具でさえ今はもう震えないのだから最悪だ。
もう終わり。
時の流れが残酷だ。
時間の流れが解決してくれることは知っているが、その流れが遅すぎるなんて聞いてない。
始まりを知れば、終わりを見出さなければならない。始まったことだけは確かに、確かにあの時わかってしまった。
不幸だ。

「良い天気ね。」
私は授業をサボることを覚えて、彼は屋上の日陰の常連だった。
私は少し前までこの男を殺したいほどに憎く思っていたのだ。それが今はどうだ、毎日毎日殺意を人知れず向けていた男の言葉を待って、彼の心に理解して欲しいなんて、こんなのは最低だ。
もしあの日々の中で彼を殺してしまえていたら、どうなっていただろう。あんなに憎んでいた人の心の移り変わりを自分も持っている、その現実に吐き気がする。私は世界に永遠を望んでいるのに、私自身には一欠片の永遠もない。
どうしようもないんだって。
だから私はずっと唱えている。

私の歌った歌が、書いた文字が、発した言葉が、送ったプレゼントが、部屋にわざと置いた忘れ物が、つくった料理が、2人で見た花火や映画が、私のお気に入りのボディバターの香りが、握った手が、抱きしめた体が、触れた唇が、この唇が、どれか1つでも美しい呪縛になっていますように。生涯忘れ得ぬ呪縛になりますように。
呪われてあれ、呪われてあれ。

「お前さん、何に呪われとる?」
雲がなんの形に見えるかなんて。雲と空以外に何にも見えやしないのに。
「ねぇ」
嘘をつこうか本当のことを言おうか迷った。実際にはどちらだっていいし、真実は私がとっくに知っている。
「仁王くん」
「ん?」
立ち上がって、仁王くんに向く。
あぁ、そうか。そうなんだ。
猫のような目が優しく私の瞳とまっすぐぶつかる。
きっと抱きしめてほしいと思っている。彼に心の底から。
そうすれば私は彼の胸にナイフを突き立てる。深く、深く全ての悲しみを込めて。
彼の定位置は屋上の、階段を少し上がったところ。飛び乗れるはずのそこに、私は行かないし行けない。2人寝転がるには狭すぎる。
気づいてしまった。
仁王くんは、私には高すぎる場所でしゃがんで、私と同じ目線になってる。
全然、違う場所にいる。
今は確かな殺意を持って彼の心臓を一突きできる。

「感情に名前のあることは救いだと思う?」
「おまんの救いには、なってる。」
やっぱりそうだ。この男を殺さなければいけないと思う。あまりに私は惨めだ。仁王くんのせいで知った。
全て、今。

人を呪わば。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。