ひとりで泣いても何にもならない。

「蓮二も私を置いていくんだ。」
間違いだらけの文章を、彼は添削するだろうか。それとも間違ってなんかいないのかも。死んじゃいそうだ。
だから、その前に言葉を続けてしまった。下手くそ。
「甘いものが食べたい、」
「とびきり甘いもの。」
私の思考が蓮二の音になって、目の前に紅茶のマグカップと、リンツのチョコレートの包み紙。簡単に機嫌はとらせまいと、ありがと、だけで済ます。
向かいに座った蓮二が私のリンツに手を伸ばして包み紙の両端を引っ張った。くるんとまわった銀を開いていって、カカオ60%の丸をつまむ。
「ほら」
私の口元にチョコが運ばれた。あーんと口を開けて、蓮二の指ごと甘く噛んだ。優しいため息。蓮二のだけ解放してやって、チョコを転がす。ちょっと大きすぎるからゆっくり食べた。
「お味は?」
「美味しい。」
それは良かった、そう言って自分のマグカップに口をつける。
幸せになりたい。
「私のこと好き?」
「あぁ。」
「いつまで?」
「何故?」
「質問に質問で返すのはタブーよ。」
「これは失礼。」
良い子になりたいと思う。ずっと側に私を愛する人を縛り付けておくために。悪いことかもしれないけど、悪いことをするためだったら良い子にでもならないといけない。
また返事が来る前に言葉を継ぎ足した。恐怖は人を饒舌にする。
「明日の朝ごはんは」
「今日バゲットを買った。」
「明日のお昼は」
「水族館に行くんだろう?」
「そう。そうよね。」
涙が出た。
明日の約束があることに、突然消えてしまう幸福があることに、明日の幸せと、今の幸せと、過去の不幸と未来の不幸に。
唾液とチョコで奇妙な粘度をもった口の中。
蓮二が私の涙を指先で拭う。
泣かれると対処に困る。いつか蓮二が誰かに言っていた。きっと困ってる、愛がすり減るかも。
「明日はくらげを見よう」
「うん。」
わがままを隠すために。わざと真面目な女の子がちらちら見えるようにわがままを言っている。これは上手。
一周回って表のこれが本心だって、蓮二しか知らない。みんな賢いふりをして表面の少し奥を見ようとするから、私の思惑通りに私を解釈する。
蓮二は本当に賢い。真実だから。
真実に愛されたい。
「明後日の予定を決めよう。」
「うん。」
大丈夫、蓮二が未来の話をするときは、慎重だから。間違えたりきっとしない。
今日はキスをしない。
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