夜の1時半。時計の針がとても遅く時を流して、テレビの枠に収まるよう虫食いにされた映画の録画を見終えてしまった。目の前に置いたスマートフォンは数時間前から震えやしないただの鉄の塊。食い破られた映画の一部はどこへいくのだろう、もうぬるくなった紅茶を飲む。
ガチャリ
リビングのドアが開く音がした、ソファに体を沈み込ませたまま振り返る。
「ただいま。」
「おかえり!」
ほっとして、嬉しさの勝った声で迎えてしまった。しまったと思ってすぐに怖い顔をする。
「遅いわ。」
「連絡できなくてすまない、寝ていても良かったんだぞ。」
ダイニングの椅子にカバンを置いて、ジャケットを脱いだ蓮二が申し訳なさそうに言う。なんで連絡できなかったの、そう聞く前に蓮二が先に言い訳した。蓮二は心が読めるから。
「急な会議が入ってしまってな。会議中には流石に席を外せなかった、すまない。」
「…本当?」
「あぁ、本当だ。心配をかけてしまって申し訳ない。」
本当に決まってる、蓮二の言葉ほどこの世で信用できるものはないのだから。だがしかし、私は別に真偽を問いたいわけじゃない。だって本当だもの。ただ寂しさに駄々をこねたい。悔しさの行き場がないから。
「会議中だって1分くらい抜けられない?おそくなる、ほら最低限の5文字で恋人は拗ねないわ。ねぇそれともまた卒論に追われた女学生達が貴方の研究室へ?」
キッチンのカウンターの向こうでハンドソープのプッシュ音と蛇口の水が聞こえた。呑気にうがいまでしている!立ち上がって体ごと蓮二を向く。
「Hey , professor ! Can you hear me ?」
腰に手を当てて蓮二を睨んだ。
「Of course , my Lemon pie .」
「よしてよ、こういう時だけ!」
ぴしゃりと言って、ふんっとそっぽを向いてみせた。
「だいたいよ、あの子達絶対蓮二に気があるわ。他の教授より蓮二が若くて魅力的だからって、蓮二とお喋りしたくて来るのよ、きっとそうよ。ちょっと若くて可愛いから気安く立場を利用して蓮二に近づこうなんて…」
くっ、と喉がつかえた。言い過ぎたかもしれない。関係のないことを子供のようにべらべらと喋って、蓮二は呆れただろうか、でも、でも…口をつぐんだ私の前に蓮二が跪き、取られた手に優しく唇が触れた。
「不満はいくらでも聞こう、お姫様」
困ったように微笑みかけられたその表情があまりにも優しくて、安堵感とさっきまで耐えていた小さな悲しさを思い出して泣きそうになった。
「…………………寂しかったの。」
今日初めて音にした本音は重く私に響く。
「そうだな。1人にして、すまなかった。」
目を見つめて、私の感情に寄り添うように相槌をうった。蓮二のご機嫌とりに乗っかってやる。
「キスをして」
私はお姫様、床に膝をつく目の前の恋人を見下ろして言うの。
「寂しかった分だけキスして。」
「おいで。」
震えるように漏れた自分の呼吸ごと押し込むようにして蓮二の唇を奪った。とにかくたくさんキスがしたかった。寂しさの回数だけ角度を変えて啄むようなキスを何度も、何度も。蓮二の髪をくしゃくしゃにして引き寄せる。わざと音を立てるように口づけて、そっと顔を離し肩で息をつく。蓮二の濡れた唇が艶やかにひかっていた。蓮二の綺麗な顔が、もう満足か?なんて今にも聞きたそうに余裕を浮かべている。蓮二は、ねぇ、蓮二は、
「蓮二は寂しくなかったの。」
私ばっかり、そう言いかけた体を突然大きな力が引っ張って、蓮二の方に倒れ込みそうになる。腰に回った蓮二の腕が私を引き寄せたのだと気付いた時には、目の前の蓮二が立ち上がり下から掬い上げるように唇を食まれていた。反射的に驚いて逃げた舌を乱暴に絡められて捕らわれる。大きな手が頭を抱え込んで貪るようなキスに全身が痺れて力が抜ける。口内をぐちゅりとかき混ぜられればもう何も考えられない、気持ちが良い。抱えた腰をふわりと持ち上げられて、ソファにゆっくり寝かされる。
「ん…っ、れんじ、」
蓮二が私の頭の下にクッションを敷いて、もう一度覆い被さるようにして深いキスが潜り込んできた。目を閉じて舌を絡み合わせ、やっと離れた唇から2人分の唾液がどろりと零れて口の端を伝う。蓮二が私の唇を親指で柔らかくなぞって言った。
「これでわかるな?」
体がぞくぞくする、口元に添えられた指を甘噛みしてやる。返事の代わりに蓮二の首に腕を回して引き寄せキスをする。どちらのものかわからない水音と荒い呼吸が部屋を満たしていった。ベルトに手をかけた蓮二がふと動きを止めて、鼻先にキスを落として体を離した。
「少し待て、シャワーを浴びてくる。」
汗くさいままだからな、なんて離れていく熱。待てですって?待てるわけない、私も、蓮二も。
「シャンプーより蓮二の匂いの方が好き」
腕を掴んで引き寄せてもう一度。
「今すぐ、今すぐよ。お願い」
ソファが2人分の重さの形に潰れて、2人が混ざり合って、これが愛。
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