毎朝目が覚める度に味わうこの感覚はあまり好きじゃない。頭はまだ眠りの心地よさに囚われたままで重く枕に沈み込み、瞼を開くことが億劫でたまらない。
くぁ…とあくびをした拍子に伸びた腕が、隣でこちらに背を向けて眠る仁王にちょんと当たった。まだ起きていないようなので、肩をとんとんと叩いて声をかけてみる。
「仁王、朝だぞ、おい仁王」
すーすーと深く繰り返される呼吸音、大きく肩が規則正しく揺れている。どうやらぐっすり眠っているらしく、さっきより強めに体を揺すってみても起きる様子はない。俺がこいつより先に起きるのは珍しい。特に昨日の夜みたいに、その、あれがあった時は……いや、なんでもねぇ。
昨晩のことを思い出して悔しくなったから、仁王の背中にせめてもの仕返しにと軽く頭突きをする。体は小さく振動したが反応はない。
「…んとに寝てんのか」
布越しに触れ合った背中と額からじんわりと温もりが生まれ、ゆっくりと立てられた寝息のリズムが、覚醒していた頭をまたぼんやりとさせる。もう少し俺も……。
二度寝の体勢を整えようと顔をずらすと、布に擦れた鼻先から仁王の匂いが鼻腔を満たす。すん、息を吸い込む度に俺の中に染み渡る。気持ち良いな、ずれていた布団を掛け直して目を閉じようとした。
……まぁ少しくらい、仁王の腕と胴体の間に自分の腕を通してそっと力を込めてみる、抱き寄せて足を絡ませると暖かい。きめ細やかな足はシルクみたいだ、すりすりと感触を楽しんでしまう。頰にあたる猫みたいに柔らかな髪の毛がくすぐった…
「おわぁ!?」
今まで眠っていた仁王がくるりと体の向きを変えて俺を抱きすくめる。逃げようとしたが足を絡ませていたのが裏目に出て動けない。くつくつと笑う仁王が鼻の先に口づけておはようと言った。
「随分と可愛いことしてくれるのう。」
「うるせー。」
やべぇ、これは墓まで持っていかれるネタだ。
「亮くんもっかいやって」
「やらねぇ、その呼び方やめろ!」
「昨日はいっぱい呼ばせてたくせにのう」
ほら、雅治にぎゅっとしんしゃい、などとにやにや仁王が楽しそうに笑い、腰に回っている俺の手を掴んで離さない。
「違ぇ!さっきのはその、サービスだ!」
何を言ってんだ俺は。仁王も一瞬きょとんとしたが、次の瞬間に吹き出した。
「ふふ、サービスて何ぜよ」
「だ、だだだって今日は特別な日だろ!だから俺だってちょっと…うぁ!」
俺が最後まで言い終わらないうちに頭を抱えられて首元に押し付けられた。よしよしとあやすように頭を撫でられる。多少むっとしつつも、ちゃんと声が籠らないように言った。
「誕生日おめでとよ」
音が骨に伝わって小さく振動する。
「はて、誰のじゃ?」
とぼけるので首筋をかぷりと噛んでやる。いて、間抜けな声がぴょこっと飛び出した。そのままぐいと腰を抱き込んで来たから、もう少し力を入れてやった。
「いててて、宍戸、ギブギブ」
ゆっくり口を開けて首筋から顔を遠ざけてやる。噛んでいた部分から細く銀の糸が引いたのが恥ずかしかったから乱暴に告げる。
「…黙って祝われろ。」
「ん、ありがとう。」
それでいい、そういう代わりにニッと笑う。するりとさらに距離を詰めた仁王の薄い唇が近づいて来た。素直に目を瞑ってやる。ちゅっ、と音を立てて唇が離れていく、と同時にガバッと体をもう一度包まれて思いっきり抱きしめられた。
「ぎゃっ、何すんだよ!」
「宍戸〜」
ぎゅうっと俺を締めつけてぐりぐりと頬ずりなんてしている。頰に触れる低めの体温と透き通った肌が心地良い。ぴたりと動きが止んで、密着した体が大きく息を吸って、吐いた。
「俺、幸せじゃな」
耳元にふっとかかった言葉に、体がじわりと暖まる。伝わっているだろうか、この温度が。
「ったりめーだろ、誕生日なんだからな。ほら、さっさと買い物行くぞ。」
身をよじって離せと表すが、一向に腕を解かない。
「もうすこし」
「あ?」
「もう少し、こうさせてくれんかの。」
体を押し退けて顔を見られる距離を作った。目の合ったその顔があまりに優しかったから、俺からキスをしてやる。すぐに顔を引っ込めて肩に埋めた。今ごろどんな顔してんだか。
「宍戸、」
「ん?」
「生まれてきてよかった」
ピヨ、照れ隠しみたいにつけられた音が可愛らしい。大袈裟なやつ、好きだなぁと思う。おう、とわざと小さく返事をして、かわりに思いきり抱き寄せた。
「誕生日おめでとう。」
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。