まだ冬は居座る気があるらしい。
恋人の体温が高い。
「はい、お疲れ様です。」
「あっっちーー!!」
「日吉、俺何秒?俺何秒?」
へばっているくせに口だけは忙しなく動く向日さんに手元のストップウォッチを向ける。げー、という顔をしてジャージを脱ぎ、宍戸さんのタイムを測っていた忍足さんに投げた。
「亮ー!もう一本!もう一本!」
「おー。」
ワッとスタート地点に戻っていく元気な向日さんを見送りつつストップウォッチをリセットする。ふ、と駆け出そうとする宍戸さんと目が合う。彼の頭の上に電球が光るのが見える。
「若、手かしてくれ。」
「はあ。」
差し出した俺の左手をぱっと掴んで、そのまま自分の頬に当てた。
火照った宍戸さんの頬からじんと広がる熱が、指先の縛りを解いていく。
「ほんとお前手冷てーよな。あー、気持ちいい。」
色の違う宍戸さんの体温と俺の体温、瞬間的に互いを奪い合うように触れ合ったそれはすぐに混じり合って、二人の境界を曖昧にする。手の甲を包む傷のついた皮膚の暖かさ。頬のまだ熱い部分に俺の手をすり、とあてる仕草は、まるで犬か猫がもっと撫でろと催促しているようだった。
「あんたはあつすぎる。」
すっと右手を空いた頬に伸ばして熱いそれを包み込む。突然熱を奪われた左頬に一瞬見開かれた紫色の瞳を両手で引き寄せる。風を切って乾いた唇にキスをした。ちゅ、と小さく音を立ててまた距離を取り戻す唇、宍戸さんを離した両手はまだじんわりと暖かい。
「もう一本ですよ。頑張ってください。」
腕にぶら下がったストップウォッチを掴み直して、顎でどうぞと向日さんの方角を指す。
「あっ、え、お、おう。……さんきゅな!」
起きたことを理解してるのかしていないのか、今度はクエスチョンマークを落っことしながら走っていく。
「絶対ありがとう言うとこちゃうやろ……。」
「そうですね。」
一部始終を目撃していた忍足さんが向日さんのジャージを畳み終えた。スタートの合図を寄越せと宍戸さん達が手を振っている。
「日吉もようやるわ……。」
俺先輩やで、なんて言っている忍足さんの目は笑っている。この人とは気が合うのだ。手を挙げて合図を返す。
「まぁ、可愛いですからね。」