スピーカーから流れ出す祭囃子のひび割れた音。隣にある特設の簡易街灯、足下の発電機から発される熱が人々の下駄を舐めていく。歩行者天国の喧騒の中でも、聞き慣れた声はワントーン浮いてすっと耳に届く。
「跡部!」
おう、と片手を挙げて場所を示す。人の流れを縫って俺の隣を確保した宍戸の手には水風船が二つと、食べかけのりんご飴が握られていた。おまけに特撮ヒーローの面が頭にひっかかっている。
「テメーの行ったトイレは屋台が付いてやがったのか?」
確か別れる前は水風船ひとつだけのはずだった。
「違ぇよ、これ全部岳人の!」
一個やる、と指から輪ゴムを外して水風船を投げてよこした。ばしゃんと水の弾く音がする。薄緑色のゴム越しに冷たい水の感触。
「んで、射的とかやりてぇからちょっと持ってろって。荷物持ち。」
「花火はどうする。」
「先に行ってろってさ、神社のとこ。」
境内へ向かう階段をつれて祭りの喧騒は耳から遠ざかり、ばしんばしんと宍戸が水風船をつく音と、からころ石を登る下駄の音だけになっていく。途中で買った焼きそばのパックが斜めになったのを直す。ぼんやりとした赤い提灯が続く階段道がそろそろ終わるようだ。俺より一歩先に踏み込んだ宍戸の足元が、しゃり、と砂の音になった。
「あっちの裏がベストスポットなんだ。」
連れられた神社の裏は木々の間から祭りの屋台が一望できた。
宍戸の持つりんご飴は半分くらいに減っている。
「岳人がキレそうなほど減ってるな。」
「やべ、荷物持ち代ってことにする。」
お前も食う?笑いながらずいとりんご飴をこちらにやる。
「いや、いい。」
「そうかよ。」
かぷ。かぶりついた唇が「む」の形に押し上げられた。
ひゅるる、どん、ぱちぱち。
「お、始まった。」
どん、どん。
飴から離した口で、おーとかデケーとか言っている。夏ももうすぐ終わるのだ。
連続してあがる花火が俺たちの顔を黄や白に染めては消えていく。火花に照らされる横顔に、すっと一点艶やかな赤。
飴に触れた唇は紅をさしたようで、砂糖の甘味でひかっていた。
「やはり貰う。」
「ん?あぁ。」
差し出してきたりんご飴を持つ手を掴んで、赤に染まった唇をぺろりと舐めた。
じわりと広がる安っぽい甘さ。
「なっにすんだ!」
「甘いな。もう一口寄越せ。」
「お前なぁ!」
顔まで真っ赤にして水風船をばしゃばしゃ鳴らしている宍戸の首を抱き寄せて口づけた。唇を離す一瞬、飴の粘度でお互いの唇が少しひっつく。文句を言おうとする甘い唇をもう一度舐めてやる。花火の音も聞こえないくらいに甘ったるく柔らかなキスは脳に響いた。
実際、それを吹き飛ばしたのは花火よりもデカイ音だった。
「おい跡部!!!亮!!!!!!」
我にかえった宍戸がバッと声の主に顔を向ける。射的の景品を抱えた岳人がわなわなと震えている。隣で忍足がくすりと笑って、少し遅れて階段を登ってくるジロー達の話し声。
「岳人、いただいてるぜ。」
「てっっっめーーーー!!」
景品を放り出してすっ飛んで来た岳人に宍戸が言い訳しようと慌てている。
どんどん打ち上げられる花火と、騒がしくなっていく境内、秋の風はまだ吹いていない。
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