柔らかな夢をみる。
夜の散歩をする。
どちらかといえば二人とも太陽の下で汗を流すことに命を削っていて、その美しさしか知らない。夜の中で息をする俺たちの美しさを、誰も。
夜の庭園を裸足で歩くのが好きらしい。来客用の室内履きを居心地悪そうに身につける男だ。ぺたぺたと大理石を辿って、室外プールの縁石に飛び乗り、月を揺らめかせる水面を爪先で蹴る。絶えない生傷に水がはね、しみる、と顔をしかめたその顔が愛しい。いつしか素足で散歩することを覚えた俺の足でもう一度水をかけてやる。夜に相応しくない音で驚いた宍戸に思わず笑みがこぼれた。追撃を予感した宍戸がさっと駆け出して、優しく足裏をくすぐる緑の絨毯に素足をおろす。
「あそこまで競争!」
宍戸がガゼボを指差す前に鈍く、そして軽く地を蹴る音がする。地面をしっかりと掴んでいる感触とは逆に芝の囁く音が響いて、まるで幼い子供と変わらない。
真夜中に二人きりだ。
きっと世界にも今、二人きりだろうと思う。
今日勝ったのは宍戸で、息を整えながら月に白く濡れたテーブルに座った。俺も隣に座って今来た道をただ眺めている。触れ合った足はもう乾いていた。
沈黙が優しい、吹き抜ける風はまだ夏に追いついていない。明日を約束できる。
「まだ夜、寒ぃな。」
「あぁ。」
肩を抱く。お互いの体温に触れる。宍戸が珍しくそのまま体重を預けてきたので、ご褒美に額にキスをした。宍戸が文句を言いたげにむっと唇を尖らせこちらを睨んだ。月が紫の輝石に射し込むその美しさを、俺だけは知っている。
俺がもう一度キスをすると、目を逸らしてぐっと体を預けてきた。
「明日も晴れると良いな。」
「きっと晴れる。」
真夜中に二人きりだ、初夏の真夜中に。
この体温だけが俺たちの全てを証明する。
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