好きな季節が夏になった。

こいつといると全てがロマンチックにいかない……わけでもないらしい。
すん、と宍戸が空の匂いを嗅いですぐ。
「あ」
音が雨粒になって宍戸の鼻先にこぼれ落ちる。それからは一瞬だった。
ざーーーーっ。
コンクリートから夏の炎天下が鼻に届いてむせそうになった、ぶわっと体を包む熱気と打ち付ける雨粒が白く遮る道路。
「やっべ!跡部、こっち!」
ラケットバッグを傘がわりに頭上にやった宍戸が走り出す。
「ふは、あっはははは!すげー、雨!」
痛いくらいに降り注ぐ大粒の雨を走りながら宍戸が大声で笑う。もうラケットバッグなんて役に立たない、わざと両手を広げて全身に夕立を浴びた宍戸は世界の晴れ間のようだった。ぬるい雨で張り付いた前髪をかきあげて、俺も笑いながら走る。嘘みたいな雨の中を全速力で走った。

「こっち!」
宍戸が腰を屈め、滑りこむようにして入ったのは公園の、ドーム型の遊具だった。滑り台になっている剥げかけた水色とピンクの塗装に、雨の打ちつける音がくぐもって反響している。
中は狭く砂っぽい。立っているには背を折り曲げなければならなかったから、張り付いた制服のズボンを少しつまんで太ももから剥がしてしゃがんだ。
「はー、俺パンツまで濡れた。」
しゃがみながら壁に背をもたれさせた宍戸が、ぶるぶると頭を振って短い髪から雨の残滓を飛ばす。シャンプーを嫌がる犬のようだ。
「きっとすぐに止む。」
うん、頷いた宍戸が入り口の乾いた白と濡れた黒の境までにじり寄った。
「昔ここでジロー達と秘密基地ごっこしてさ、」
俺に向き直った宍戸が口を開く。
「お菓子とか持ってきて、食べた。」
ちょい待ち、ぎちっと肌に張り付いた制服のポケットに無理矢理手を突っ込んで、取り出したのは飴の包み紙だった。
「やるよ。レモンとオレンジ。」
「……濡れてるな。」
「うっせ、中身は無事だろ。」
よれた黄色い包みを手に取る。宍戸は自分の手に残った方をぱっと破いて頬張った。からりと歯に当たる音が小さく聞こえる。その膨らみをつぅと伝う透明。思わず親指の腹で拭ってやる。
「お前の手も濡れてる。」
ローファーの表面に引っ付いた公園の砂。透けたワイシャツに、ネクタイからぽたぽた落ちる水滴が砂を固めた。降りしきる雨のカーテンに閉じ込められ行き場をなくした夏の温度のこもったドーム型遊具の中、時折顔を出す冷たい水の飛沫。
くいと顎を引き寄せてキスをする。
柔く絡みあった舌の隙間は甘味料を含んだ唾液がじゅわっと満たした。
雨はもうあがる。