美しいままだ。
幼い頃の小さな探検から始まった。同級生の里帰りにひっついて遠くへ行ったり、私立の一貫校に通ったおかげで海を越えることも覚えた。旅をするのが好きだ。
大人になって、珍しくまとまった休暇を利用して旅行をすることにした。行き先は、東南アジア。乾季を狙って飛行機を予約して台湾やらシンガポールやらを経由し、長いフライトの末に降り立った空港で俺を出迎えたのは滝だった。
「いらっしゃい宍戸、よくきたね。」
「おう。」
報道関係の仕事をしている滝は海外を転々としていて、今は東南アジアの一国にいるというので世話になることにした。今回の任期は今までより長くて、もう3、4年はこっちにいる。あまり日本にも帰ってこないから、会うのは久しぶりだった。浅くなめらかに日焼けした肌と派手な柄シャツ姿の滝はすっかりこちらに染まったようにみえる。
トランクケースを滝の家に一度置いてから、夕飯を食べに夜の町に出た。初日だから近くの良い店に案内すると歩く滝が、ふと足を止めた。
「1分待てる?」
「ん?あぁ。」
裸電球の連なった薄暗い路地に並んだ小汚い屋台街の端にするりと身を滑りこませて、滝が取り出したのは一本の煙草だった。煙草なんて吸うようになったんだ。俺の視線に何を感じたかはわからないが、すぅっと煙を吐いた滝が口を開いた。
「ここは世界有数の喫煙大国なんだけどね」
とん、指先で叩かれたそれから灰が落ちた。
「日本人ってだけでただでさえ目立つのに、俺ってほら、パッと見て女性に間違われることがあるでしょ?」
住宅の間をネズミが走っていった。2匹の猫が屋台の側の残飯を漁っている。
「この国で煙草を吸う女性は水商売か、売春婦だけだからね、」
こうやって隠れて吸う。煙草は短くなって、滝は俺をみて笑った。もう一度大きく煙を吐き出した滝が地面に煙草を落とし、小さな火花を散らす。ぐり、と落ちた火を踏みつけて消してから、クラクションの波に向き直った。
「行こうか。」
「え、おい、ここ渡るのか?」
溢れかえるような自動車とバイクが車線なんか関係なしに途切れることなくフルスピードで流れている。俺の言葉を無視してしっかりと道路に一歩踏み出し、右手で軽く車を牽制する瞳が無数のヘッドライトで光っていた。
「早く来なよ」
慌てて滝にくっついて、鉄の塊の隙間を縫うように歩く。迫り来るクラクションを気にも留めずに凛と前を向く滝の背中はこんなにも頼もしかったろうか。道路を渡り終えてから振り向く、この中本当に渡って来たのか。すげぇな。しばらく道路を見つめて感慨にふける俺に、滝がくすりと笑う音がした。
「ここじゃ、強くなきゃ生きていけないよ。」
そう言って、また一歩ガタガタのアスファルトの上を行く。
なんだ、何も変わってねぇじゃん。
滝の逞しい背中を見たのは、何年ぶりか。今に知ったことじゃない、俺は知っていたじゃないか。先を歩く滝の背中をバシンと叩く。
「痛っ!」
「悪ぃ悪ぃ、腹減ったな。」
「なんだよいきなり。もうすぐつくよ。」
こいつは昔から強いままだ。