8月の観覧車は失敗だった。

道理で客が少ないわけだ、中は蒸し風呂みたいに暑い。誘った手前、強がって乗り込んだのを少し後悔してる。
急遽ネットで買った直前予約のペアチケット、表にリボンをつけたキャラクターとハートが溢れている方を日吉に渡してやった。別に価格に差があるわけじゃないのに、カップルのパックを選択した俺を世間は女々しいと言うだろうか。
向かいに座る日吉をちらと見る。あんまり暑さに強い方じゃないから、悪いことしちまったかな。窓枠に肘をついた日吉の、首筋に滲んだ汗がほろと流れた。文句の一つでも言われるかと思ったけど、変なとこでは一丁前に気を遣える奴で。
「っあのよ!」
「…はい?」
「急に誘って、悪かったな。」
ぷっ、と日吉が吹き出して、口元に手を添えてくつくつ笑った。
「今さらですか。もう構いませんよ、良い気分転換になった気がします。」
こんな言葉が日吉から自分に発せられるとは微塵も思ってなかった。からかいの音も出せないまま、観覧車は頂上を通り過ぎていく。
「向日さんはいつも」
もう日が傾いてきていて、観覧車の中がオレンジに染まり始めた。
「こんな景色を見てるんですね。」
ゆっくり動く観覧車、日吉の色素が薄い髪に西日が差して、金みたいに光っている。ふっと瞳の緊張がゆるんだのがわかる。ここ最近の練習の中では見ることのなかった目だ。日吉が優しい目をする、それにたまらなくほっとするんだ。弟をあやした時って、こんな気持ちなんだろうか。
「なぁ日吉。明日さ」
怖気付いた口が、頑張ろうな、なんて最悪な事を言いそうになった。亮っぽく言うならこんなの激ダサじゃん!一呼吸おいて、本気を音にした。
「お前が跳べよ。」
一瞬驚いたような顔をした日吉がすぐにあの嫌味な笑顔になった。
お前のこと気に食わねーと思ってたけどさ。お前にだったら譲ってやっても、良いかもしんないって。
それが俺の精一杯なんだ。
俺、お前のこと好きだぜ。絶対言ってやらねーけどな。
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