愛してしまってはどうしようもない。

「痛て。」
消毒液をたっぷりと含んだ重たい綿が、宍戸の傷に触れた。じわ、赤が染みて広がる。
「諦めろとは言わねーがな宍戸、あの球取るためにあんな飛び込み方する奴があるか。」
「うるせー、取れたからいんだよ。」
毎年恒例の盛大な誕生日パーティーが終わった。パーティーが終わった後のふわふわとした熱と空虚感を味わう暇もなく恋人とテニスをして、やっと夜の空気に馴染む。
質の良い俺様のナイターコートをいたく気に入っている宍戸はいつも以上に無茶をして、ぽんぽんと傷を叩いている。
「ここ擦りむいてるぞ。」
「あー、もうそれくらいなら唾つけりゃ治んだろ。」
やっと脱脂綿をぽいとゴミ箱に放り込んだ宍戸が答える。雑な応急処置に焦れていたから、ぎゅっと抱きついてやる。
「宍戸」
「おい、いきなりなんんっ!?」
頭を抱いてくちづける。飲み込んだ驚きの声がうるさい。
「ここも、」
「い”っ!?」
皮膚の一枚剥けた赤に唇を寄せてじゅっと吸ってやった。
「ばっ、お前汚ねぇだろ!?」
「唾つけときゃ治るっつったのはテメェだろ。」
「だからっておまえ…!」
「ここもだ。」
「ん、ぃっ」
足にできた青痣をぎゅっと親指で押してやる。仄かに甘い音を孕んだのを、俺は聞き逃したりしない。角度を変えてもう一度、ぐりと押しつぶしてやる。
「い、って…ぁ、んんっ、ふ、ぅ…」
痛みの形に揺れる宍戸の唇を食んで吸いつく。痣を押す指に力を込める度に、うっすら開かれた瞳がだんだんととろけていく。痣を俺の手に押しつけるように宍戸がその足を動かした。もっと強く、とでも言いたげな仕草に自分の体温が上がるのを感じた。
「っは、とんだマゾヒストだな。」
「へ…?」
あいにく俺はサディストじゃない。恋人の体に進んで傷をつけるような趣味はない。が、こいつの場合、勝手に自分でそこかしこに傷を作って帰ってくる。俺はそれをなぞってやれば良い。優しく、時に激しく。
「これは3球目の、」
「あっ、う…ぅっ」
擦りむいた肘の傷を柔らかく引っ掻くようになぞる。びくりと反応した宍戸の腕が俺の服を掴んだ。
「ここのは俺様のスマッシュが決まった時だ。」
「はぁっ…んぐ、んんっ!」
さっきのラリーの興奮も思い出させてやれば、宍戸の口元も緩んでいく。べろっと口腔内を舐めてやってから舌を引き抜いた。
「…変態ヤロー……」
「アン?誕生日なんだ、甘えさせてくれ。」
短い前髪をかきあげてやって、額にキスをした。
「う…」
俺を睨んでいた瞳が弱々しく俯く。意外にも特別に弱いのだ。その瞳にキスしてやろうと顔を近づける。瞬間、バッと両の手で頰を柔く挟まれた。
「あ、跡部…!」
「?……んっ、」
ちゅ。俺を引き寄せた宍戸の、熱をもった唇が触れて小さく音を立てた。可愛らしいことをするとそれに応えてやる前に宍戸の舌が俺を求めて入り込んでくる。お目当ての熱を見つけた宍戸が性急な動きでそれを絡め取った。呼吸した鼻に甘い音がかかったのに気を良くしたらしい宍戸が、もうひと押しとばかりに俺の首を抱いてソファに背を沈ませた。俺が宍戸を押し倒すような格好になる。一瞬できた隙間に混ざり合った透明の糸が引き、粘度の高い滴がそれを伝って宍戸の口元を濡らした。荒くなるお互いの呼吸ごと飲み込むように宍戸が唇を食む。ぐちゅりと溢れる音。
拙いが情熱的なキスに頭がくらくらする。
「っ、ぁ、景吾」
「ぷは…っりょう、」
「お前が生まれてきて良かった。」
真っ直ぐに俺を見つめた紫が優しくて、それは愛だった。
宍戸の首筋に顔を埋め、ありったけの力を込めて抱きしめる。いつもなら文句の形に動く宍戸の腕が俺の背に回る。
愛おしさに縛られて身動きがとれない、ただずっとこのまま宍戸を抱きしめていたい。
「幸せだ。」
自分にしては随分と味気のない言葉が出た。今この瞬間に言えることは、それだけだ。
宍戸の腕に力がこもる。
2人の鼓動が触れ合って心地がいい。充分すぎる幸福を、俺達は知っている。
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