目が覚めたのは昼過ぎだった。
跡部がせっかくギリギリまで先延ばしにしたフライト時間までもう時間がない。
間に合わなければ、どうなるだろう。1日、いや数時間でもこの部屋に留まるだろうか。そんな汚い願いを込めてセットしなかった目覚ましは見事に裏目に出て、ぼんやりとした視界の端にはもう出発の準備が出来かけている跡部がトランクの鍵をかけていた。
「…はよ。」
くぐもった声に跡部が振り返り、おはようと言いながらデコにキスをした。
「まだ寝ていて良いぞ、昨日は頑張ったもんな。」
うるせー、そう応えようとしたがそれよりも先に聞くべきことがあって、もやもやした。
「何時に出んだ」
カチャリ。腕時計のベルトの音がした。
「20分後。」
炭酸水のペットボトルを開けて飲んだ跡部に文句の1つでも言ってやりたくて開いた口から出たのは、激ダサい言葉だった。
「次は」
もっと早く起こせよ、そう言えればまだ良かった。
「次は、いつ帰って来てくれんだ」
バカ。女々しい自分に腹が立って、ぐしゃぐしゃの掛け布団を握りしめる。
「2ヶ月だ、すぐ帰る。」
「………そうか。」
身支度をみるみるうちに整える跡部の口調に、恥ずかしくなった。これじゃまるで俺だけ、その…
「寂しいのか?」
香水瓶を置いて動きを止めた跡部を目で追っていたら、急にマジのトーンで聞いてきた。バッチリ目があって、嘘がつけなかった。
こくと頷いた俺に眉を下げて、ベッドにダイブしてきた。昔から変わらない薔薇の香りがぼふっと広がる。
「素直だな。」
布団でくるむように俺を抱きしめる。
「すぐ帰ってくる、すぐに。」
「おう。」
頬ずりをしてくる跡部の顔をぐいと押して、キスをした。跡部の舌が優しく俺の舌を絡め取って、あやされてるみたいなキスを返された。
「跡部、見送り行く。3分で準備する。」
「All right.」
鼻先に唇を寄せてからベッドを飛び出して、テキトーなシャツを引っ張り出す。
知っている。
跡部がわざと忘れ物をして行くのを。わざとペットボトルの中身を残して行くのも、2人で食べきれないくらいのピザを注文するのも。脱ぎっぱなしにしているスリッパを片付けるのも俺だし、歯ブラシとコップのセットを棚にしまうのも俺。その香水だって、忘れたふりして置いてくんだろう。
俺は知っている。
それが嬉しくてさ、たまんなく寂しいんだ。
それくらいには俺、跡部が好きだ。お前もわかってる。2ヶ月なんて、長すぎる。
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