私はあなたを愛してる、でもあなたは。

『来てた?』

手の中の端末に、寂しさが震えて浮かび上がった。もう駅の方が近いような歩道の真ん中で、立ち止まり、夜の空気を吸い込む。夜風でも誤魔化せないくらいの熱が灯ったのがわかった。救えないなと思う。私の体はもと来た道に向きを変えて、小走りで進み出した。
街灯が私を責めるのに気づかないように、曖昧に流される未来を無視して。
嶺二のシャンプーの香りが、私の髪の先から流れる。
『いま出たばっか。コンビニで買ってくものある?』



「ごめんね、呼び戻しちゃった。」
嶺二が淹れてくれていた紅茶を飲みながら、もう一度彼が謝った。キームンの香りが鼻腔を満たす。
「ううん。私もまたお風呂勝手に借りちゃった。」
「今夜は泊まっていって。ね?」
するりと前髪を人差し指で掬われる。
心がくすぐられる、私はこれだけでいい。
返事の代わりに嶺二にきゅっと抱きついた。鼻先を埋めた彼のシャツに、知らないいろんな人やタバコの匂いがついていて嫌だった。
私の不機嫌を感じ取ったのかはわからない。背をそっと撫でられて、嶺二が離れていった。

空のカップをシンクに置いてリビングへ戻る途中で、こちらに背を向けている嶺二が私の名を不意に呼んだ。
ねぇ、と間延びした語尾のはずなのに、空気がぴんと張るような感覚。

「最近、ランランと仲良しだよねえ。」

彼の元へ向かう足が止まりそうになる。嶺二は振り返らない。どうしてそんなこと。
「そうかな、」
「うんうんっ、ランランからもお話聞くよ?」
ソファに座る嶺二にゆっくり近づく。
横に並べば嶺二が私を見た。いつもの軽い口調と裏腹に、その目は笑っていない。
冷たくて、私のことをただ反射している瞳。彼の虹彩には確かに私が映っているのに、私と視線は絡まない。
「蘭丸は、お友達だから。」
本当のことなのに、どの感情のせいで声が震えてるのかわからなかった。恐怖と焦り、そしてなぜか、ほの暗い嬉しさ。やっぱり私たちって同じ。分かり合えるはず。
嶺二は何を見ているんだろう。
嶺二の瞳って何色なんだろう。
返事を待つほんの一瞬の沈黙を満たしたのは怖れだった。最初から愛されてなんかないって知ってるのに。
「っねえ、私、嶺二のことだけ、」
「あぁタンマタンマ!そういう意味で言ったんじゃないよ、ごめんね、ホント。」
縋るように溢れた言葉が遮られる。また言わせてもらえない。
「今日ロケ先でおっきなぬいぐるみ見つけてさーぁ、ぼくもランランも君のこと思い出したんだ。」
それで、ね?
私を見つめる瞳は温度を取り戻している。彼の言葉は張り詰めた空気を知らんふりしてかき回す。
私の頬に伸びてきた大きな手のひらを拒めない。あたたかくて悲しかった。
ねえ、砕けてしまったのは貴方なんでしょう。
嶺二の破片が刺さって痛い。
でも貴方の欠片なら。貴方も痛いなら。
「めんごめんご、お兄さん意地悪だったね?」
黙って首を横に振る。この痛みを誤魔化せるのも嶺二だけ。
「ほーら、おいで。」
広げられた腕に吸い込まれる。嶺二の膝の上に跨って向き合った。彼の首に腕を回す。
どうぞ、許してもらえるなら、君がお願いするなら。
そんな瞳。擦り寄ってくる鼻先。
私たちが怖がっているものは同じなのに。
噛みつくようにキスを仕掛けた。
呼吸のタイミングをずらされた嶺二の反応が一瞬だけ遅れる。啄むように触れて、深めていく音。絡まる舌から体温が行き交う。
私たちに必要なのは体温や刺激の交換なんかじゃない。でもそれしか出来ないこともわかっている、私たちが怖がっているものが同じだから。
チュ、わざとらしいリップ音を立てられた。おしまいの音。名残惜しくて喉が鳴った。
「シャワー浴びてくるね、待てる?」
「うん。」
「いい子。」
ベッドで待ってて。そう囁いて離れていく熱。
私はソファに座り直して、 嶺二の紅茶のカップを片付けようと手を伸ばした、はずだった。
「あらら、どーしたの?」
立ち上がった嶺二のシャツの裾を掴んでいた。
眉を八の字に下げた彼が首を傾げる。
私は嶺二を抱きしめていたいだけ。それ以外に望むことは何もないのに。嶺二のこと、抱きしめていられたらそれだけで良いのに。
その分深く深く刺さっても平気。
嶺二の破片が私に食い込んで埋まっても平気。
「私、嶺二とひとつになりたい。」
後悔した。いつもそう。
嶺二は本当の意味を理解してしまうから。
見上げた嶺二の瞳に私はいない。私と目が合うのは彼に反射した私。
「そうだね。」
嶺二、そんな顔しないで、でも私にだけ見せて。
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