本当は考えたくない、あなたのことも私も。

私たちは間違ってる。
「ねぇ、私のこと好きよね。」
「あんたこそ、俺のこと好きなんすか。」
こうやってぬるく愛を確かめないと生きていけない。みんなそうだろうに。
私たちは正直なだけなのに。それでも間違っているのだ。可哀想なのは誰だろう。
まだ家族向けのクイズ番組を放送している時間で、でも私たちは夕飯を食べ終えていた。もう何を食べたかも何故早く済ませたのかも思い出せない程度の、どうでもいい食事だった。
ぬるま湯に浸かるのは嫌いだ。
二人とも世界を俯瞰してみるのに疲れた。全てが終わることを知っているからこそメルヘンな愛に幻想を抱く程度には疲れ切っていたし、幻想で留めておけるほど賢くはなかった。
「いつまでたっても不安やから、」
ぽつんと財前が音を浮かせた。
「いっぺん、取り返しのつかんことしてもええですか。」
私たちはこうしなきゃいけない。お互いを愛してることも、すぐには切り取れないほど執着があるのも知っているけれども。私たちは間違ってる。
「いいよ。そういうの、大好き。」
ずっと望んでる。どう考えたって離れられないのに、未来を見られない私たちだから。どちらかが裏切る妄想に取り憑かれている。だから早く手を打たなければ。
「見ててください。」
財前の手が左耳にかかる。赤、緑、黄色の金属に。ぐ、と力がこもる。ゆっくり、確実に肉の引きのばされる音がする。
みち、みち。
「い゙ッ……、ゔ……」
小さく呻きながら手の筋が浮き上がって震えるほどにピアスを掴む財前は愛だ。私は黙って見ている、血のにじみ始めた柔らかな耳朶のうぶ毛。
ぶちっ。そんな音がするのかと思ってた。漫画みたいな。でも聞こえたのは彼の耳から一番下のがひとつ外れる瞬間の呻き声と彼の爪がピアスに当たる金属音。
てろてろ流れる赤色で滑る残りのふたつを数回掴み損ねて、それでもしっかり捉えた指はさっきよりも思い切りよく引っ張った。
ぶちぶち。
「俺の愛です。」
そういって口の端の涎を拭ったのに、逆に血がついた。
荒い息、少し欠けた財前の耳、私を見つめる目。間違ってる。だから私も間違えて良い。
彼の手からひとつずつピアスをつまんで手のひらに乗せた。あたたかい。
「じゃあ、財前も見てて。」
かちん。緑色のピアスは赤い味がする。
ごくん。ごくん。
何度か喉を蠢かして狭い道を通す。残りのふたつも赤い味がした。
ごくん。
「私の愛。」
口を開けて見せる。財前はゆっくり口角を上げる。私もつられて笑った。
つけっぱなしだったクイズ番組は、最終問題を間違えてハワイ旅行を逃していた。


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