3秒だ。
あの頃の僕らには3秒あれば十分だった、コートを駆けボールを奪い合いゴールを目指す。なんだってできた、あの頃の世界は。

「赤司っち?」
僕らが同じボールを追わなくなっても、相変わらず眩しげな光を纏った顔がそこにはあった。ねっとりと絡みつくように光を放つこのネオン街の輝きの中で不自然に浮いている。
「久しぶりだな、涼太。」
空き缶と使用済みの避妊具、吐瀉物を避けながら歩く人々の視線を集めて道路の真ん中に横たわる黄瀬の頭を抱いて言葉を返す。へらりと笑みを浮かべた顔はあまりにも綺麗だ。ゆっくりと僕の頰に伸ばされた手は人差し指と中指の爪が歪に欠け、その他の爪は剥がれて小指にだけ絆創膏が貼ってあった。
「変わってないスね」
「そうかな。」
はは、と笑う喉は麻縄の形に鬱血して模様がついていた。ピアスが引きちぎられた耳が覗く繊細な金髪から漂う煙草と酒と性の匂いの奥に、昔と変わらぬシトラスの香りが感じられる。中学の後半からずっとこの香水しかつけていなかった、懐かしい香りだ。
「ねぇ、」
何かを言いかけた黄瀬がむせてげほげほと咳をする。口の端から血が溢れた。傷が痛むらしい。ぐしゃぐしゃのシャツをめくると、しっかりと鍛えられ煙草の押し付けられた腹筋の隙間から腸がでろりと飛び出ている。不気味な方向に曲がった足の先に履かされた真っ赤なハイヒールが悪趣味だ。
「赤司っち、俺ね、」
野次馬の喧騒がざわざわと大きくなり始め、トラックの運転手が青ざめた顔で何かを言っているので上手く聞き取れない。黄瀬の顔に耳を近づける。
「俺もう、つかれちゃったかも」
「そうか。」
「でも赤司っち練習サボったら怒るっスよねぇ」
救急車だかパトカーだかはわからない。どっちでもいい、どこかへ行っていてくれないか。僕は今静かに話がしたい。
「怒らないさ。」
へにゃ、そんな風に笑った。
「見てて。見ててね、赤司っち」
「いつだって見ている、昔と同じだ。」
丁寧に飲み込むように頷いて、それきりだった。真珠のような頰にキスをした。

確かに見えていたんだ。
薄汚いネオンから転がるようにして逃げ出て来た黄瀬の姿と、迫り来るトラックが。
3秒だ。
今の僕らに3秒で何が出来るっていうんだろうか。この世界で何が。
僕らが変わったのか、世界が変わったのか、時間が変わったのか、そんなことは誰にもわからないんだ。
ただ、抱きしめるしかない。今になった未来を。
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