朝の情報番組で占いでも見ようとテレビをつけたはずだが、どの局も緊急ニュースが金切り声で同じ事を繰り返していた。
なるほど、これのせいね、とさっきからずっと震え続けている携帯にため息をついて、うるさいので電源を切ってベッドに投げる。うーんとしばらく考えるポーズをとってから、彼の家に行こうと決めた。勝手に行ったら怒るだろうか。もう一度携帯を起動するのも面倒だ、いいや、行っちゃえ。
先日買ったばかりのワンピースを着ている間にトースターが軽い音を立てたのでパンを咥えながら髪を梳かす。
今日はきっとバスも動いてないだろうから、自転車で行かなきゃ、なんて考えているうちに家の電話も鳴り始めたのでコンセントを引っこ抜いてやった。

そこそこお高めのマンションにあまり似つかわしくない、ぴんぽん、という間の抜けた音がしてすぐに扉が開いた。
「あんなぁ、連絡入れろていつも言うとるやろ…」
確かに何万回言われたかわからないが、こいつの家はいつだって異常なほど片付いているから別にいいんじゃないかと思う、というような事を言うと(これも何万回言ったかわからない)まぁええわ、入り、大きく扉を開けて迎え入れてくれた。
「朝飯は?」
「食べた。」
さっさと靴を脱いでリビングまで走り、見晴らしの良い窓側の棚に向かう。カブリエル〜、と虫かごを指先でこつこつ叩くと彼は頭を上げてくれた。
テレビも電話もコンセントが抜かれていた。することも思う事も一緒じゃん、連絡しないで来るって知ってたんじゃん、少し嬉しくて笑った。
彼はキッチンからマグカップを持って来て、カブリエルの隣に綺麗に並べてあったチェス盤を持ち上げた。
「昼飯まで時間あるし、やろか」
蔵ノ介との対局は時間がかかる。窓から射し込む光がガラス製の駒に反射してお互いの頰に降りかかる、2人分だけの呼吸の音と、カップから上がる湯気だけが動くテーブル、私は世界がそれだけになる時間をとても好きだったし、きっと彼も好きだろうと思う。
2人のお腹の虫が鳴き始めても結局勝負はつかなかったので、チェス盤はそのままに昼食をとることにした。すっかりぬるくなったお茶が対局の長さを感じさせる。よく整理されたキッチンにパスタがあったので茹でてレトルトのソースをかける。蔵ノ介とミートソースパックの取り合いになったがじゃんけんで奪い取った。

昼食を終えてからは私が映画をみたいと言ったのでカブの下の棚からてきとうに選んで再生した。確かフランス映画のラブロマンス。なかなか良かったと思う、というのも途中で蔵ノ介が晩ご飯の準備を始めたので何度も呼ばれて手伝わされたのだ。内容が飛び飛びにもなる。
今晩のメニューは白身魚のアクアパッツァらしい、くつくつと魚を煮込む心地良い音がする。私はオレンジを切ってお皿に盛った。臭みを消すから、とレモンも渡されてしまった。私に絞れというらしい。深めの皿に飾り付けられたお魚が食卓に並び、蔵ノ介が赤ワインまで出して来た。2人で小さくグラスを合わせて、なかなかに豪華な晩餐だった。

先にシャワーを浴びたのは私で、ベッドに寝転がって昼のチェス盤のことを思った。すっかり続きをやるのを忘れていたので少しだけ後悔している。蔵ノ介がバスルームから出て来て、どちらからともなくキスをして体を寄せ合った。いつもよりも優しいセックスだった、と思う。
「あのさぁ、」と口を開いたのは私。返事の代わりに頭の下に敷いてある彼の腕が包み込むように髪を優しく撫でた。
「神様っている?」
「なんや急に。おらんで、神様」
くすくす笑って頰をなぞられる。
「信じてないの、聖書のくせに」
「はは、せやなぁ…」
でも、と一呼吸おいてから腕をするりと抜いて両手で頰を包まれる。
「神様なんかおらんでも大丈夫やで」
何が大丈夫か、なんて聞かなくても分かった。ゆっくりとキスをして、暖かい肌を布団の中で絡ませる。これを幸せと言うんだろうと思う。
朝から繰り返し流れていたニュースの音声を思い出す。
『以前から解析が進められていた×××××星が地球に衝突する時刻が、本日△月▲日、26:00であると○○国の研究機関が発表し…………』
ベッドサイドのデジタル時計を横目で見てからそっと目を閉じる。息をする度に蔵ノ介の匂いが染み渡ってきて、私を抱く手に力がこもったのが分かった。彼も幸せなのだと思う。

地球が終わるまで、あと18分。





【WBGM:one direction/18】
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