愛していると言ってしまった。

白石蔵ノ介は私がいないと生きていけない。
5年前、プロのテニスプレイヤーとして活躍していた蔵ノ介は不慮の事故によって両足の自由を奪われた。不幸にも利き腕には麻痺が残り、テニスラケットはおろかプラスチック製のカップすら支えることが出来ない。
「俺の世話ばっかりさせて、堪忍な。」
私が彼の体を浴槽から引き上げる時、排泄の手伝いをする時、ベッドに乗せる時やご飯を食べさせる時なんかに蔵ノ介は言う。
仕方がないよ、蔵ノ介は悪くないし、私は好きでやってるんだよ。
私は蔵ノ介を愛してるからね。
呪いなのだ。
私にとっても、あなたにとっても。

白石蔵ノ介は私がいないと生きていけない。
私は。
私は白石蔵ノ介がいなくとも生きていける。
久しぶりに開けたクローゼットから何年振りかの花柄のワンピース、うんと高いヒールを出した。
口紅は真っ赤なのを。

私は嘘をつかない。
「××、出掛けるん?」
「愛してるよ。ずっとね。」
私は嘘をつかない。
「ばいばい。」

ガチャン。ピッ。
オートロックのかかる音がした。
私の名の音も、蔵ノ介の本音も。
鍵はいつもの所、電子レンジの上にある。
私は愛してる。柔らかな言葉も、頬を撫でる震えた手も、冷たい脚も。
全部愛している。これは間違いなく愛なのだ。

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