岳人が家に転がり込んでくるのはいつものことで、東京に珍しくしんしんと雪が降り積もる真夜中である事を除けば3日前と、1週間前とその前も、それから…まぁいい、なんら変わったことではない。しかし今日はもう1つ特異な状況を引っさげての来訪だったから、とりあえず懐中電灯とコートを2人分出して岳人の家へ向かったのだ。

蛇口をおもいきり捻って手を突っ込んだ。
家に着くなりリビングに仰向けに倒れた岳人の父親を発見すると、隣で岳人が嘔吐したので背中をさすってやった。いつも店頭で大声を張り上げている商店街の顔は無残にも潰され、筋の通った鼻があった位置にできた窪みに血が溜まっていた。その横に放り投げられたトロフィーが血に塗れているので、おそらく岳人はこれで殴りつけたのだろう。
都大会優勝を飾った時のものだ、自分の名も刻まれている。それを拾い上げようと手を伸ばすと、指先に血とも違う嫌な感触。懐中電灯を当ててみると白濁色が糸を引いた。死人に罪はもうない、わかってはいたがトロフィーを掴んで冷えきった死体の頭部を殴りつけた。
胡桃の割れるような音がして、どろりとした鮮やかなピンク色の塊が頰に当たって垂れていく。もう一度腕を振り下ろした。
それから返り血をあちこちに浴びていた岳人を風呂に促し数十分後、浴室からふらふらと出て来た彼はひどく憔悴し、コタツの横で体育座りをしながらなにやらぶつぶつと呟いている。
明日の朝は自首しよう。両親は、チームメイトは、なんと言うだろうか。俺たちは人を殺した。どれだけ憎くてどれだけ汚れてみえた人間だったか今はもう誰にもわからない。
人を殺した。世に腐るほど溢れている人間が1人消えるだけで世界はこんなにも、こんなにも自分たちの世界は簡単に変わってしまうものなのだ。
世界は変わるが回る、回り続ける、変わり続ける。
明日2人で部活を休むと跡部に連絡しなければ…とぼんやり思い、それはさすがに馬鹿げているかと変なことばかり考える。赤く赤くすり切れた手の感覚はもうとっくに無くなってしまったのに、先刻覚えた感触が消えるまではもう少し時間がかかりそうだ。

真冬の水道水はあまりにも冷たすぎる。



【WBGM:Justin Bieber/COLD WATER 】
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。