とんとん、とんとん、軽快な音にあわせて軽めの鼻歌が混じり、リビングからダイニングテーブルを越して見えるキッチンのカウンターから薄い蒸気と共に流れてくる。
「おっとっと〜」
キッチンで料理をする彼は火を急いでとめた。吹きこぼれたパスタの湯が彼にかかり、赤や青、黄色の斑模様の腕に染み込んだ。ふぅ、と大袈裟に額の汗を拭うと彼は鼻歌と包丁を動かす手を再開させた。途中、さっき止まったと思っていた鼻血がたらりと垂れてきたので具材を汚すまいとずずっと啜る。タマネギとニンニク、大きめに切ったベーコンを自慢の特製ホワイトソースに混ぜて炒め、いよいよ料理が出来上がる。爪の欠けた小指をクリームソースにくぐして味見した。よし、と満足そうに頷くと2人分の皿にパスタをくるりと盛りソースを流す。
「岩ちゃんご飯だよ〜徹ちゃん特製カルボナーラ温玉のせ出来上がり♫」
右足に体重をかけながらゆっくりとキッチンからでてきた及川はダイニングに皿を乗せ温泉卵を器用に片手で割り入れた。リビングでテレビを見ていた岩泉がダイニングの椅子に腰掛けた。
「今日は珍しく吹きこぼしちゃってさ、俺ぼーっとしてたのかな、」
「及川。」
笑顔でペラペラと喋る及川の言葉を制止して岩泉は彼をみた。
「あ、うん。はいコレ」
ズボンの左ポケットからくしゃくしゃのお札を何枚か岩泉に差し出す。岩泉は金額を確認すると何も言わずに金をテーブルの端にやりフォークを掴む。
「いただきます。」
「うん、召し上がれ」
ちゃんといただきますって言う律儀さは変わっていないなぁ…最近美味しいと言ってくれたのはいつだっけ。もう覚えてない。高校時代の彼とは変わってしまった。でも彼のせいじゃないんだ。岩ちゃんは優しいから。彼の傷が癒えるまで俺は毎日ご飯をつくろう、ずっと側にいよう。また今夜も彼は俺を抱くだろう、左足が痛いから優しくしてくれるだろうか。なんて思いながら頬張ったカルボナーラは口の中に残った血と混ざって、涙の味がした。
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